潰瘍とは繰り返す炎症などにより、胃や十二指腸粘膜の一部が欠損した状態です。傷が粘膜内に留まる場合は「びらん」と呼ばれ、それ以上に深くなると「潰瘍」と定義されています。

胃・十二指腸潰瘍は、粘膜に対する攻撃因子:胃酸、ペプシンと、粘膜防御因子:粘液、重炭酸イオン、粘膜の血流などのバランスが崩れることで発症します。胃の働きには自律神経(交感神経・副交感神経)が関与しており、精神的、身体的ストレスにより副交感神経が緊張すると胃酸やペプシンの分泌を亢進させます。一方、交感神経の緊張は胃粘膜の血流を低下させ、粘液の分泌を減少させるので、“胃のバリア”が減弱します。職場での負担の増大や生活習慣の変化などによる精神的ストレスは、胃・十二指腸潰瘍の発症に関連が深いと考えられています。

胃・十二指腸潰瘍の原因として、

1. ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)

2. 鎮痛・解熱目的に使用される非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や、脳梗塞や虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)の再発予防に用いられる低用量アスピリンといった薬剤

が代表的です。その他、ストレス性などが挙げられます。

“胃潰瘍、十二指腸潰瘍”ってよく聞く病気ですよね。しかし、厚生労働省の調査によると、1984年から2014年にかけ患者さんは年々減少しているようです。最大の原因とされるピロリ菌の感染率は60歳代以降では50%以上ですが、環境衛生が整備された1960年代以降に幼少期を過ごしたそれ以下の世代での感染率は減少し、20歳以下では15%以下のようです。また、ヘリコバクター・ピロリ除菌治療が保険適用され、定番の治療になったことも要因です。

症状で最も多いのは心窩部痛で、胃潰瘍では食後に、十二指腸潰瘍では空腹時に認めるのが典型的です。吐き気や胃もたれを訴えることもあります。NSAIDsや低用量アスピリンの服用中に発症する潰瘍や、高齢者の潰瘍では痛みはなく、急に吐血や黒色便が見られることがあります。

診断は上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)で行います(図1)。注意しなければならないのは、胃がんによる“がん性胃潰瘍”であり、生検による病理診断が必要となることが多いです。

治療は、胃酸分泌を抑制し、粘膜防御を強化させることが基本となります。最近は、プロトンポンプインヒビター(PPI)という、強力な胃酸分泌抑制作用を有する効果の高い薬剤が登場したことで、ほとんどの潰瘍は手術をせず、23ヶ月服薬することで治ります(図2:図1と同一症例)。しかし、出血や穿孔(胃や十二指腸に穴があく)を合併した場合は、入院の上その治療を優先し、以降は潰瘍の原因により治療方針を決定することになります。ピロリ菌が原因と考えられる胃・十二指腸潰瘍については、潰瘍を治し、再発を予防するため、ピロリ菌の除菌治療を行うことが多いです。『ヘリコバクター・ピロリ感染症』のページを御参照ください。

私は小倉記念病院在職中に、NSAIDsや低用量アスピリンを服用中に胃・十二指腸潰瘍から出血を合併した患者さんの、内視鏡での止血と全身管理を多く担当しました。潰瘍の再発や出血予防のためにはNSAIDsやアスピリンの中止が望ましいですが、関節リウマチや頑固な関節痛、脳梗塞・心筋梗塞などの基礎疾患を有する患者さんではその中止が困難な場合が多いです。また、アスピリンは中止することで、脳梗塞、心筋梗塞を誘発する可能性もあり、服用継続が必要です。そこで、胃・十二指腸潰瘍の既往がある場合は、潰瘍の再発防止目的にPPIを併せて服用することが推奨されています。

胃・十二指腸潰瘍を発症させないよう、また、再発や悪化を防ぐために、鎮痛目的のNSAIDsを漫然と服用することを避けましょう。ご自分に合ったストレスの上手な解消法を見つける、暴飲暴食、香辛料の過剰摂取、過度の飲酒を避けるなど、食生活を見直したりすることも大切です。喫煙は胃粘膜の血流を低下させ、粘膜防御因子を減弱させると考えられており、避けたほうがよいです。

図1(治療前)

(図2)治療後

参考文献

消化器疾患Ver. 2 胃・腸 医歯薬出版1998.

消化器疾患診療のすべて 日本医師会雑誌1412, 2012.

消化性潰瘍診療ガイドライン2020 日本消化器病学会編 南江堂.

今日の診療プレミアム Vol.30,医学書院, 2020.

日経メディカルP32-332008.7月号.

消化器内科 55(5): 580-587, 2012.